その不思議な光を私は忘れない [立川浦々/楝蛙]明日死んだら猫になりたい(週刊ヤングジャンプ No.24)

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copyright 2026 集英社 立川浦々 楝蛙

快楽天の看板作家である楝蛙先生が集英社ヤングジャンプにて読み切りを掲載されたということで、一般作品ではあるがご紹介させていただきたい。原作は立川浦々先生である。

本作は現時点で「となりのヤングジャンプ」にて閲覧可能なので是非お読みいただきたい。掲載期限がよく分かっていないのでリンクが切れていたら申し訳ない。

となりのヤングジャンプ: [特別読切]明日死んだら猫になりたい

Aoneko

まず本作は男女の恋愛を扱っておらず男性キャラは基本居ない。物語はトップアイドルグループAonekoのセンター松本美嶺さんと、彼女を真剣に慕うグループの後輩心和ちゃんを中心に語られる。冒頭が美嶺さんの葬儀。その祭壇のセンターに白装束で鎮座しているのが美嶺さん本人である。その隣で喪服のまま立っているのが心和さんだ。このシーンは時間軸としては本作46ページの上コマとしたコマの間の入る。ここ以外は時間軸どおりに話が進むので、ストーリーは9ページから始まる。

弱いとこなんて見せちゃダメダメ

以下あらすじを綴る。松本美嶺さんは生まれ落ちての、天性のアイドルだった。容姿や音楽舞踏の素養は言うまでもなく、ファンへのサービス・仲間や裏方への配慮・ショービジネスに対する深い洞察まで全てを高いレベルで満たしていた。アイドルグループAonekoだけでなく芸能事務所さえも彼女一人が支えていた。しかし完全無欠では無かった。その裏で、代償として、美嶺の身体はボロボロだった。ベッドで休もうとしても、アイドルとしての使命感が眠ることを許さなかった。満身創痍ぶりを週刊誌に嗅ぎつけられたとき、事務所社長は心和含むメンバーに全てを打ち明け、松本美嶺の引退を決意する。しかし松本美嶺本人がそれを一蹴した。ステージの幕間、心和は美嶺の身体を案じる。関係者全員を己が背中一つで支えている事への満足を語る美嶺に、心和は「美嶺さんはいつ楽になれるんですか……」と問うた。美嶺ははにかんだ笑みで「死んだ後かな」と答えた。

一番星の生まれ変わり

そしてある日のステージ、全力のパフォーマンスの最中で美嶺は血を吐いた。全員がその場を取り繕おうとする中、マイクを握った心和は「松本美嶺のために、彼女をを二度とステージに立たせない」決意 -それはしかない- を語った。これが冒頭の生前葬に繋がり、松本美嶺は安らぎを得る。ラストシーン。スポーツカーで登場したのは車・バイク大好きな楝蛙先生の希望かもしれない。ハンドルに持ち手がついている。松本美嶺さんのように足が不自由な人は、フットペダルと連動したレバーを左手で操作し、ハンドルは右手で操作するためだ。新生Aonekoを「みんなで」運営するべくセンターになった心和がラジオ越しに美嶺にメッセージを送り、遠い空への美嶺の返答でオチとなる。吹き出しは空白だが、ここに入るセリフが本作タイトル「明日死んだら猫になりたい」なのかもしれない。エロなど一切無い。絶世のアイドルの笑顔と諦念と狂気、そして心和を含めた成長を楝蛙先生の凛とした筆致で描き切った。鮮やかさと儚さが両立する楝蛙先生のキャラクターでなければこんなにも魂は震えない。

引用: 東和モータース販売様

しょうしんげ

本作はアイドルものなので幾つかの歌で構成されている。私は1つ目の歌に注目したい。「スカートが揺れて…」の歌ではない。「帰命無量寿如来」で始まる方だ。これは釈迦の教えを記したいわゆる「お経」ではない。浄土真宗の開祖である親鸞聖人の書いた「正信偈しょうしんげ」という、讃歌である。正信偈は浄土真宗での焼香の際に唱えられることが多いので、本作の出番としては合っている。フルコーラスはかなり長い(という点も焼香のBGM向き)。実はところどころ節回しが替わり、下の動画10:00あたりで一回リセットする。オススメはラスト近い12:40付近だ。

※別にホラー要素は微塵も無いのだが、人のいる車内や夜道でいきなり鳴らすと確実にパニックになるのでご注意を。

何を讃えているかというと阿弥陀如来だ。浄土系の根本経典である仏説無量寿経から本作に絡めて少し説明しよう。阿弥陀如来が人間だったころは法蔵菩薩と呼ばれていた。菩薩とは修行者の意味である。彼は「五劫」という超長期間にわたる修行により悟りを得るだけでなく、将来にわたって民衆全員を救済することを含む64の達成目標を掲げた。民衆救済は18番目の願いであり、これが浄土真宗でいう「本願」である。彼は結果として阿弥陀として仏性を得たので、法蔵菩薩が掲げた64の目標はすべて達成・遵守されているという理屈だ。仏教の葬儀では死体に対して戒律を施し、僧侶として49日間修行した上で悟りを得るという手順を踏むことが多い。浄土真宗ではこの必要性がなく、生前の行状にかかわらず死んだ瞬間に阿弥陀が死者に悟りを与え浄土で仏として転生させるとする(即得往生)。

君は完璧で究極の偶像

むろん上記は経典に記されている物語であり、結果的に阿弥陀になれたとしても実際に法蔵菩薩がどのような心境でどのような修行を行ったかは知る由もない。しかして本作の美嶺さんはアイドルの世界で悟りの領域に達したと言える。彼女は自らトップアイドルになるとともに、Aonekoの仲間たち、裏方そして事務所までをも救済すると宣言した。彼女はそれに対して最後まで何の見返りをも求めなかった。まさに「慈悲」である。救われる側の皆も、会場を埋め尽くしたファンも、美嶺を崇めた。時代もジャンルも違えどそのような「偶像アイドル」を信者たる親鸞聖人が讃美したのが正信偈である。

浄土真宗門徒は阿弥陀如来に感謝こそすれ、法蔵菩薩の悟りに至る猛修行について思いを馳せ労ったりはしない。そして人間としての彼は死に、仏となり無限の寿命を生きる。だからこそ尊い。それがカリスマアイドルというものなのだろう。本作はまさにその崇め奉られる偶像に焦点を当てている。悟りの境地に達した美嶺もまた四苦八苦を味わい、自らの(アイドルとしての)死期に相好を崩した。一番弟子である心和に看取られ、美嶺は独り極楽浄土とおぼしき僻地で若くして無限と思える余生を過ごす。その心境は計り知れない。涅槃に到達した仏は輪廻転生の苦しみから解放される。しかし美嶺はそれを否定し、今の生にさえ執着せず猫としての輪廻を望んだわけだ。多くを救いながらも自らを救わず、いや、より多くの人を救える存在として猫になることを望んだのかもしれない。

松本美嶺讃歌

最後にAonekoの伝道者たる心和さんが「美嶺さんの素晴らしさと大恩を後々まで語り継ぐべく詠んだ」らこうなるだろうという讃歌を、正信偈冒頭16節になぞらえ書き残したい。

帰命無量寿如来きみょうむりょうじゅにょらい 南無不可思議光なもふかしぎこう

永遠のレジェンドアイドルへ その不思議な光を私は忘れない

法蔵菩薩因位時ほうぞうぼさついんにじ 在世自在王仏所ざいせじざいおうぶつしょ

松本美嶺がアイドルだったころ 事務所社長とAonekoのみんなと過ごした

覩見諸仏浄土因とけんしょぶつじょうどいん 国土人天之善悪こくどにんてんしぜんまく

美嶺は目の当たりにした芸能界の掟 取り巻く人達の善と悪を知った

建立無上殊勝願こんりゅうむじょうしゅしょうがん 超発希有大弘誓ちょうほつけうだいぐぜい

そして美嶺は私達全員を救う願いと トップアイドルへの誓いを立てた

五劫思惟之摂受ごこうしゆいししょうじゅ 重誓名声聞十方じゅうせいみょうしょうもんじっぽう

想像を絶する日々を経て 美嶺はその願いを強くし周囲に知らしめた

普放無量無辺光ふほうむりょうむへんこう 無碍無対光炎王むげむたいこうえんのう

松本美嶺の名はこの世界中に響き渡り 発する光は果てしなく周囲を照らし

清浄歓喜智慧光しょうじょうかんぎちえこう 不断難思無称光ふだんなんしむしょうこう

清らかで思慮深い美嶺の放つ光は 思い悩む皆を暖かく包み導いた

超日月光照塵刹ちょうにちがっこうしょうじんせつ 一切群生蒙光照いっさいぐんじょうむこうしょう

月よりも太陽よりも眩しい美嶺は 人々の目に今も焼き付いているだろう

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